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わかやまけん くしもとちょう
和歌山県 串本町

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家庭用キウイフルーツ3kg+90g(傷み補償分)【わけあり・訳あり・扁平果】-[ikd127A]

寄附金額
12,000

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数量
12,000
数量

返礼品の特徴

和歌山県有田地方の恵まれた自然の中で、土づくりからこだわり、農薬の使用を極力抑え育てました。
乾燥した気候、長い日照時間、黒潮の浜風をたっぷり受けたキウイフルーツは濃厚で栄養たっぷりです。
美味しいキウイの見分け方は「平べったい果実」なのですが、このようなキウイは見た目が悪いので訳ありになってしまいます。このような扁平なキウイ、小玉・大玉のキウイなどを詰合せ、たっぷりと農家直送でお届けいたします。
防腐剤・ワックス等は一切使用しておりません。安心してお召し上がりください。

【注意】
※未追熟の固い状態でお届けします。下記のとおり追熟させてお召し上がりください。
※写真はイメージです。
※ご家庭用の訳あり品です。扁平果、大玉〜小玉を含むサイズ混合です。
※天候等により出荷時期が前後する場合がございます。
※運送中の傷み等を考慮し、3%増量して発送させていただきます。
※ご不在等により発送から4日を超えてお受け取りになった場合、果実に傷みが生じていても返品・交換には応じかねます。
※生鮮食品につき、北海道・沖縄・離島へのお届けはできません。
以上、予めご了承の上お申し込みください。

【追熟方法】
(1)ジョナゴールド、津軽、王林などエチレンガスを発生するリンゴを1個用意する。
 または、硬いキウイを一つ、少し凹むようにテーブルなどにゴツンと軽く打ち付ける。
(2)リンゴまたはゴツンとしたキウイと、他のキウイとを一緒に袋に入れ、キウイが呼吸できる程度に軽く封をし、20℃以下の室温で保存。
(3)ヘタの脇を長手方向に押して、耳たぶ程度の柔らかさになれば完熟です。
(4)完熟が近くなりましたら、冷蔵庫で保存して順次お召し上がりください。
※キウイは11月初旬頃に全て収穫し、冷蔵保存しながら順次発送いたします。
 収穫直後のキウイは追熟に時間がかかる場合がございますが、必ず追熟いたしますので気長にお待ちください。

【こちらのお礼品は広川町との共通返礼品となります】
平成31年総務省告示第179号第5条第8号イ「市区町村が近隣の他の市区町村と共同で前各号いずれかに該当するものを共通の返礼品等とするもの」に該当する返礼品として、和歌山県内で合意した市町村間で出品しているものです。

返礼品の詳細

配送
常温
配送注記
2023年11月中旬〜2024年4月下旬ごろに順次発送

※誠に申し訳ございませんが、北海道・沖縄・離島へのお礼品の配送はお受けできません。
※事前にお申し出がなく、長期不在等によりお礼の品をお受取りできなかった場合、再発送はできません。あらかじめご了承くださいませ。

商品が到着致しましたらすぐに開封後、できるだけ涼しいところで保管頂きお早めにお召し上がりください。
※出荷の際検品後発送しておりますが、万一商品に問題がございましたら破棄やお召し上がりになる前にご連絡ください。
※到着予定日から、3日以上経過したものや、破棄されたものにつきましては、ご対応することが出来ませんのであらかじめご了承ください。
内容量
3kg
返礼品注記
賞味期限:出荷後7日(ダンボール箱から取り出し、冷蔵庫または、直射日光の当たらない冷暗所にて保存)

寄附に関する注意事項

【重要】ヤマト運輸の転送サービス有料化について

■2023年6月より、ヤマト運輸の転送サービスが有料となりました。
謝礼品出荷後に配送先を変更される場合は、贈答用の場合でも配送先の受取人様に着払いで転送料をご負担いただく事になりますので、ご注意ください。

串本町 ふるさと納税についてのお問い合わせ

串本町 串本町ふるさと納税係(委託業者:株式会社じゃばらいず北山)
〒649-3592 和歌山県東牟婁郡串本町サンゴ台690番地5
9:00~17:00(土日祝日休み)
TEL:0120-773-775

メールでのお問合せ
furusato@kushimototown.net

この自治体について

和歌山県串本町

わかやまけん くしもとちょう和歌山県 串本町

ー串本町とトルコの友好関係ー

明治23年
日本から帰国途中のオスマン・トルコ帝国の親善大使600名以上が乗船していた船、
エルトゥールル号が台風のため串本町沖で座礁するという事故がありました。

この事故は日本で最大規模の海難事故として知られています。
事故の際に救助を行ったのが串本の大島の住民でした。
住民たちの懸命な救助活動により、翌年には生存した69名が帰国することが出来ました。

昭和60年
イラン・イラク戦争が行われていた当時、
出国しようとしていた200名以上の日本人が満席のためイランの空港に残されてしまいました。
安全が確保できないと日本からの救援も来ない中、助けてくれたのがトルコ共和国でした。

2機の救援機がトルコから救援に訪れ、残された日本人を日本まで送り届けたのです。
イランには、トルコ人も多く在住していましたが優先的に日本人を航空機に搭乗させ、
自分たちトルコ人は1週間をかけ、陸路で帰国しました。

トルコではエルトゥールル号の出来事がずっと語り継がれており、約100年後にその恩返しとして日本人を救ったのです。
その後もお互いに支援しあい友好関係が続いています。

慰霊碑の設立や、トルコとの共同映画製作によってトルコと串本町の友好関係は後世に伝えられています。